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東京家庭裁判所 昭和42年(家)954号 審判 1967年8月18日

申立人 深谷幸助(仮名)

相手方 深谷信三(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

(申立の要旨)

申立人は、「相手方を申立人の推定相続人たる地位より廃除する。」旨の審判を求め、その理由の要旨は、

「相手方は、申立人の三男で遺留分を有する推定相続人であるところ、相手方は、幼少の頃から不良性に富み、小学二年生当時以降非行を重ね、成年を迎えた後も、屡々犯罪を犯し、殆んど留まることなく刑務所生活を続け、現在も、窃盗罪により新潟刑務所に入所中のものである。よつて、民法第八九二条に基づき、本申立に及んだ。」

というにある。

(当裁判所の判断)

一、本件記録添付の戸籍謄本並びに申立人本人に対する審問の結果及び申立人提出にかかる証拠資料によれば、(1)、相手方は、申立人と先妻との間で生まれた三男で、現に、遺留分を有する推定相続人であること、(2)、相手方は、幼少時より非行性に富む問題児で、特に、小学校在学中の頃から盗癖が顕著の度を加え、申立人方の家財類を持出すことも頻々に及び、申立人等の悩みの種であつたこと、(3)、かくて、相手方は小学校在学当時以降教護院・少年院に送致収容せられたほか、成年に達した後も、専ら窃盗罪により刑務所に収容され、現に、新潟刑務所入所中の身であることをそれぞれ認定・窺知し得る。

二、(一)、あらためて多言するまでもなく、推定相続人廃除制度は、特定の推定相続人に法定の廃除原因に該当する非行事実があり、いわゆる相続的協同関係を害すると評価せられる場合、当該推定相続人の相続権を剥奪し、被相続人の私有財産権と自由意思の尊重に資するのを目的としたものである。他面、およそ、相続資格の剥奪は、相続人たるべき者の利害に及ぼす影響が頗る深刻であるのみならず、軽々にこれを是認すると、遺留分制度を認めた現行相続法秩序を混乱せしめるおそれが大であるから、法定廃除原因に該当するか否かの判断は、高度に慎重な考慮にまたなければなるまい。殊に、それが、かつての勘当乃至久離或いは嫡子退身に類似した民事的制裁(親族関係の断絶)たる機能を演ずるがごとき運用は、最も慎まなければならないところであろう。

(二)、叙上の諸点を念頭において、民法第八九二条所定の廃除原因たる「推定相続人にその他の著しい非行があつたとき」の法意を検討するに、それは、(A)、直接被相続人に対する非行がなされた場合のみを指称すると同時に、(B)、相続権を剥奪するに相応する程度の重大な非行があつたこと-本件のごとき親子間の廃除原因についていえば、親子的結合関係を破壊せしめると評価し得るだけの顕著な非行があつたこと-を要するものと解すべきである。したがつて、如何に「家名」を著しく汚辱する非行・犯罪を犯し刑に処せられる等の事情があつても、いまだ右要件を充たすに至らないものは、廃除原因に該当しないといわなければならない。

三、そこで、本件に即して具体的な考察を進めると、相手方が小学校在学中の頃から頻々と申立人方の家財類を持出したりしたことは前判示のとおりであるけれども、更に、申立人本人に対する審問結果によれば、成年に達した当時以降の相手方は、専ら他人相手の窃盗罪等を重ねて刑務所生活を続け、出所時も申立人方に姿を見せること皆無に近く(従つて、申立人に対する非行に出たこともなく)、一方、申立人自身としては、相手方の犯罪記事が新聞紙上等に大きく報道され、いわゆる「家名」を汚辱されたことに当惑し、とり立ててこれという申立人名義の資産が存するわけではないけれども、この機会に相手方との親子関係を断絶しておきたいという考えのもと本申立に及んだ事実が窺われる。

してみると、相手方に「その他の著しい非行があつた」と評価するには多々躊躇の念を禁じ得ず(むしろ、相手方を推定相続人たる地位から廃除する場合には、先述の勘当・久離的な制裁を是認するに等しい運用を招くおそれが強い。)その他、一件資料にてらしても、相手方に、民法第八九二条所定の「虐待・侮辱」等の廃除原因の存在を肯定できる事実を認めることができない。

(むすび)

そこで、本件申立は、失当に帰するのでこれを却下すべく、主文のとおり審判する。

(家事審判官 角谷三千夫)

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